院長プロフィール

柔道整復師 鍼灸師 中村賢仁(なかむらけんじ)

柔道整復師 鍼灸師 中村賢仁(なかむらけんじ)

氏名
中村賢仁 NAKAMURA,Kenji
出身
大阪府
血液型
O型
趣味
山登り
特技
本読み
好きな作家
星新一
好きな言葉
三軸自在、一期一会

厚生労働大臣認定の国家資格

柔道整復師
はりきゅう師

その他資格

登録販売者
NLPプラクショナー(米国NLP協会認定)

経歴

・1986年2月生まれ
・行岡整復専門学校 卒業
・行岡鍼灸専門学校 卒業
・大阪市内の鍼灸接骨院で5年修行
・寝屋川市内の接骨院で5年修行
・2018年5月12日大阪市で開業し今に至る

生い立ち

わたしが幼少期に過ごしたのは大阪市の兵庫県の県境に位置する西淀川区佃というところです。
近所に工場が多数存在し、実家も祖父の代から金型製鉄所を営んでおります。

わたしは男3人兄弟の末っ子として生まれ、母は看護師、父は工場をしていましたので、一緒に住んでいる祖母によく面倒をみてもらっていました。
小さい頃は友達と折り紙でオリジナル作品を作ったりして遊び、父が工作で鳥小屋を作ったり、自転車の修理をしているのを見るのが好きで、わくわくしながら眺めていたのを覚えています。

その頃から物作りに興味を持つようになり、将来はそのような仕事につきたいと思う様になりました。

学生時代

わたしは幼少期の頃から、運動をすると左膝に水が溜まることが多く、小さい頃に救急で病院に連れて行ってもらった事も多々ありました。

中学時代は思う様に運動が出来なかったのですが、走るのが好きでしたので高校に入り陸上部に入部しました。
入部してからも思う様に走れず高校1年生の夏に膝の手術をしましたが、なかなか改善出来ず部活を辞めて高校生活を過ごしました。

そこから左膝をかばう様な歩き方になり、背骨が曲がり側弯症と診断される様になりました。

不思議な治療との出会い

そんな時、芦屋のあるすばらしい先生に出会い、からだのバランスを調整する整体治療をしてもらい、日常生活の動作や姿勢の指導をしてもらったことを続けていると、痛みなく生活できるようになりました。

その先生に、「きみがこのようなからだに生まれて、このような経験をした事には意味があるんだよ。」と言葉をかけられました。その時は気にもとめてなかったのですが、このときの経験が治療家の道へ進むきっかけになったのだと思います。

自分が経験して困ったのと同じように、満足に動けなかったり、側弯症のように背骨が曲がっていく人のお役に立ちたいという想いが今の仕事の原動力です

修行時代

わたしが国家資格を取得し、働き始めたのが大阪市西淀川区にあるたむら接骨院です。この接骨院の院長は全国でも有名な手の専門医の先生がおられる整形外科病院出身の先生で、外傷や内科疾患など医学全般を幅広く勉強されている先生でした。

その為、骨折や脱臼など外傷の患者が多い接骨院で、超音波画像診断装置での患部の見方や毎日のレポート提出、毎週行われるカンファレンス、月一度の持ち回り制の勉強会や病院(医師)との関わり方など非常に多くのことを学ぶことが出来ました。
こちらで基礎医学を叩き込まれ、「医は仁術」「生きるか死ぬかをまず見極めよ」など、今でも患者さんと関わる中で大事にしていることを教えて頂きました。

次に働いたのが、寝屋川市にあるメディ・フィット・スポーツ接骨院です。この接骨院の院長はボディビルでも有名な選手で今でも現役でとてつもないトレーニングをされています。

スポーツ障害に強く、早期競技復帰が出来る治療や再発防止となるトレーニングを主とし、「起こった原因」「起こった結果」両方にアプローチをする。そんな接骨院でした。その為、強豪校や有名なスポーツ選手が多く来院され、選手や保護者、指導者との関わり方を学び、トレーニングのこと、そして社会人としての常識を厳しく教えて頂きました。
そして、年に数回、様々な大会へ同行させて頂き、現場での対応やプレッシャー、緊張感など貴重な経験もさせて頂きました。

このとき「治療家はデカくあれ」という教えのもと、どか食いとトレーニングで体重を15Kg増やしましたが、体調が悪くなり断念しました。
今は元どおりです。

この2つの接骨院での経験がわたしの医療人としての礎を構築しています。

治療に対する想い

自分で開業し4年になり多くの患者を治療させてもらっていると保険制度の制約の中での治療には限界があると感じてきました。整骨院で健康保険が認められる治療方法にはかなりの制限があり、そんな制限の中で治療を続けていても根本的な症状の改善や早期の改善を行うことができないと思うようになり、本当にこのままで良いのかとずっと悩んでいました。

それでも患者さんの為にできるだけ安い料金で通院して頂き最後までしっかり治していきたいと精一杯頑張ってきましたが、保険治療でかかる治療期間や日数、料金などを総合的に考えると、それが本当に患者さんの為にはなっていないのではないかと疑問を感じるようになりました。

いろいろ考え悩んだあげく、保険治療の限られた治療よりも自費治療にすることによって保険制度の枠にとらわれず、患者さん一人一人にしっかりと向き合い、わたしの持っている知識と技術を十分に生かした治療に大切な時間とお金をかけて頂き、少しでも早く症状の改善に導き、笑顔で生活を送れるようになって頂いた方が患者さんの為になるのではないかと思うようになり思い切って自費治療の治療院にすることを決断しました。

これからの自分

今まで多くの人に支えられ助けられて今の自分があります。これからは少しでも多くの「からだ」の事でつらい思いをしている人、やりたい事ができなくて悩んでいる人の気持ちを理解し「こころ」の支えになり心から安心して楽に自由になっていただく為のお手伝いをして行きたいと思っております。
その為に治療技術と医療に関する知識の向上の為これからも日々成長して行きたいと思っております。

家族のこと

2018年に妻と結婚し2020年5月12日に第1子の息子が生まれました。(ちなみに息子の誕生月日と院の開業日が同じで、なんだか運命を感じております)
家族が増えたことで治療に対しての向上心がさらに高まりました。そして、より一層思いやりの気持ちを持って、たくさんの方々と関わっていけるよう精進してまいります。
これからも家族や患者さんに安心を与えられる人に日々成長していきたいと思っております。

2022年9月14日に第2子の息子が生まれました。
ますます地域に貢献できる治療家を目指して精進してまいります。

 

(柔道整復師・鍼灸師 中村賢仁 監修)

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